めまいとは
めまい(目眩・眩暈)はある日突然はじまることが多く、一度きりでしたら気にも留めませんが、繰り返し何度も何度も突然のめまい症状に襲われると日常生活を平穏に送ることも困難になります。
めまい症状が長期化してしまうと、予期不安と言って「めまい症状にまたいつ襲われるのか」という不安が先行し、それによってさらに症状を誘発するケースもあります。まさに負のスパイラルです。
めまいの字義
めまいは「目眩」や「眩暈」などと漢字表記されますが、「目眩」は“目が眩(くら)む”ですし、「眩暈」は「眩」も「暈」も“くらむ”の意味になります。そもそも“くらむ”は、眩む・暗む、と書きますし、その意味は、目が回る、目の前が暗くなる、の意味になります。
故・白川静先生が編纂した字源辞典『字統』の「眩」字の解説には次のようにあります。
〔説文〕四上に「目に常主なきなり」とあり、視点の定まらぬ状態をいうとする。〔孟子、滕文公、上〕に「若し藥瞑眩(めんげん)せずんば、その疾瘳(い)えず」とあり、〔方言〕に「凡そ藥を飮みて毒ある、東齋にてはこれを瞑眩と謂ふ」とあり、目まいする意。
上記の『字統』で紹介されている「瞑眩」の例文は、薬を服用した際に体に起こる様々な好転反応で、目眩(めまい)症状が出たり、余計に体が怠くなったり、痛みが強くなったりします。
「瞑眩(めんげん)」は、瞑眩反応または好転反応とも呼ばれますが、実際のマッサージや鍼灸治療の後に、一時的に体がだるくなったり、眠くなったりすることがあります。それから好転して体が軽くなったり、爽快に感じたりすることを昔から「瞑眩(めんげん)」と呼んでいました。
マッサージの後にだるくなったり眠くなったりすることは多くの人が体験したことがあると思います。これも一種の好転反応(瞑眩反応)だと考えられます。
好転反応について
実は、鍼灸治療の後に好転反応(瞑眩反応)が起こるケースもあります。特に、目眩(めまい)や自律神経失調症の治療後に起きやすいと感じます。
鍼灸治療後、数時間から半日くらいまで、かえって目眩(めまい)を強く感じてしまうことがあります。そして、数時間の瞑眩反応が終わると症状がかなり好転し、人によっては忘れてしまう程に改善します。好転反応(瞑眩反応)は治療後に一時的に悪化したような感じになり、それから好転するのでⅤ字回復する形になります。
なぜ目眩(めまい)や自律神経失調症の治療後に起きやすいのかを分析してみると、共通点として思いつくのは、頑固な首こり・肩こりの改善による急激な体の変化にあるように思います。
ひどい目眩(めまい)や自律神経失調症の患者さんは、同時にひどい首こり・肩こり・肩甲骨のこりなどを併発していることがほとんどです。そして患者さん自身は重度の首こり・肩こりを自覚できていないことが多いのです。
首こり・肩こりの改善で血流が良くなり、麻痺していた感覚も正常化して、ちゃんと感じることができるようになります。そうすると、めまい症状もかえって強く感じるようになってしまうのかもしれません。
あらゆるコリに言えることですが、軽度のコリはちゃんと自覚できてツライと感じることができますが、重度のコリになると感覚も麻痺してしまい、ツライと自覚できなくなってしまうのです。ツライと自覚できないので放置されることになります。
そして、いずれ限界を超えると(本人の感覚としては)急に重いめまい症状などに襲われる、ということになります。首こり・肩こりをゆるめてあげるのは良いことですが、急激な変化に体の方がびっくりしてしまった状態が好転反応(瞑眩反応)なのではないか、と推察します。
めまいの種類と原因
一言で、めまいと言っても、回転性・浮動性・失神性などの種類があり、その原因や症状の出方もそれぞれ違います。
キーワードとしては、平衡感覚の機能障害が挙げられます。平衡感覚を保つために、目からの情報・耳(内耳)からの情報・足底からの情報などを脳が総合的に判断して、絶妙に体のバランスを取っています。そのバランスが崩れてしまうと、めまい症状が起こると考えられます。
① 回転性めまい
目がまわって「天井がぐるぐる回る」のように表現されることが多いのですが、その原因はおもに「耳」にあります。耳の奥の内耳にトラブルが起きると平衡感覚をコントロールする機能がうまく働かなくなることで回転性めまいが引き起こされるといわれます。
② 浮動性めまい
文字通りに、体がふわふわ浮いているような感覚や、ゆらゆらして足元がおぼつかない感覚になります。「雲の上を歩いているような感じ」とも表現されます。
その原因はおもに「脳」にある可能性があります。浮動性めまいに関わる平衡感覚は、脳の中でも小脳や脳幹が深く関わっています。椎骨脳底動脈循環不全や脳出血・脳梗塞などの脳血管障害、または脳腫瘍などによって浮動性めまいを発症するといわれます。
③ 失神性めまい
「目の前が真っ暗になる」「頭から血の気が引いていく感じ」「意識が遠くなる感じ」などと表現されます。一過性のもので不整脈や徐脈などによって瞬間的に脳の血流不足になり、失神性めまいが起こると考えられます。
立ちくらみも失神性めまいの症状のひとつです。立ちくらみ(起立性低血圧)は、自律神経失調症も関わっている可能性があります。
めまいの症状が起きた時にまず治療に行くべきなのは西洋医学の病院です。そこで検査を受け、医師の診断があるわけですが、めまいは原因を特定できない原因不明のタイプもあります。神崎 仁先生は『めまいの正体』の中で、めまいと自律神経の関連性についても触れていますが、めまいを引き起こす四つの誘因として睡眠・血圧・脳循環・ストレスの4つを挙げています。
以上からも、① 回転性めまい
の一つをとっても、良性発作性頭位めまい症、メニエール氏病、前庭神経炎など様々な病気によって引き起こされます。また、② 浮動性めまい
でも書いたように、脳出血・脳梗塞・脳腫瘍などの重篤な病によって浮動性めまいを発症することもありますので、めまいの治療の選択肢の一つとして鍼灸治療を選んでいただく前に、ぜひ先に病院を受診し、CTやMRIなどの検査や医師の診断を受けることを強くおススメします。
めまいのセルフケア
『めまいの正体』(神崎 仁)によれば、「めまいのかなりの部分は生活習慣病である」ということですし、「したがって、めまいの中には、生活習慣病をコントロールすることで、予防できるものがある」ということですので、日々の生活の中でのセルフケアがとても大切になります。この本の中で、セルフコントロール可能なめまいとして次の7つのタイプのめまいを挙げています。
①メニエール病
②高齢者のめまい
③心因が関係するめまい
④良性発作性頭位めまい症
⑤いわゆる「めまい症」
⑥起立性低血圧
⑦頭痛、肩こりに伴うめまい
『めまいの正体』で指摘されているように、めまいを引き起こす四つの誘因が、睡眠・血圧・脳循環・ストレスの4つなのであれば、充分な睡眠をとり、上手に血圧やストレスのコントロールをし、首こりなどを解消して脳循環もよく流通させることができれば、めまいを改善させることも可能なのです。
もちろんセルフコントロールできないタイプのめまいもありますが、前述の7つのタイプのめまいは改善の余地がありますのでセルフケアしてみる価値があると思います。
特に首こりの解消は自律神経や脳循環の改善につながるので非常に効果的だと感じます。当HP内の首こり・首痛の鍼灸治療でも『ガッテン!』で取り上げられた首こりの運動法などを詳しく紹介していますのでご参照ください。
めまいの鍼灸治療について
めまいの中でも脳の血流障害や自律神経が関わるめまいは、鍼灸治療が効果的なケースが多いように感じます。
回転性めまいでは、「耳」との関係が深いこともあり、耳まわりのツボに圧痛がでやすく、耳周辺から首の側面や肩にかけてのコリや張りが強い場合は、その状態を改善することで、めまい症状も改善していくことがあります。
浮動性めまい・失神性めまいでは、「脳」との関係が深いこともあり、脳の血流障害や自律神経のバランスの改善を目指します。実際の浮動性めまい・失神性めまいの鍼灸治療の時には、ほとんどのケースで頑固な首こりがあります。頑固な首こりによって椎骨脳底動脈循環不全や自律神経失調症を引き起こしていると見立てます。
おもに首のトラブルからくる目眩(めまい)は「頚性めまい」とも呼ばれます。頚性めまいの鍼灸治療はとても効果的なケースが多く見られます。首に加えて肩・背中(肩甲骨周り)などの頑固なコリを一緒にゆるめてあげることで、めまい症状の改善を目指します。
参考文献
・『めまいの正体』(神崎 仁/文春新書)
・『慢性疲労は首で治せる!』 松井孝嘉
経穴学書『黄帝内経明堂』の目眩(めまい)の治療穴
鍼灸医学の古典では、めまい(目眩・眩暈)はおもに「眩」で表現されることが多いのですが、鍼灸医学の経穴学書『黄帝内経明堂』(以下略して『明堂』)中の「眩」に効果的だという経穴(ツボ)を詳しく調べてみました。
結論を言えば、『明堂』中の「眩」に効果的だという経穴は全部で43穴あります。一緒に調べてみた現在まで伝わる最古の経穴学書『鍼灸甲乙経』(以下略して『甲乙経』)では全部で41穴です。両書あわせて見ていきたいと思います。
めまいの治療穴は膀胱経が最多
前述したように『明堂』では、「眩」(めまい)に効果的な治療穴が全43穴あります。そのうち最多の10例(約23%)が膀胱経脈のルート上にある経穴(ツボ)になります。その次が、胆経脈と督脈の7例(但し「絲竹空」穴が胆経の所属となっています。現在の教科書では三焦経脈の所属)。さらに小腸経脈の6例があります。
ついでに現代まで失われずに伝わっている中では最古の経穴学書でもある『甲乙経』と比較してみます。
『甲乙経』では、「眩」(めまい)に効果的な治療穴が全41穴あります。そのうち最多の10例(約24%)がやはり膀胱経脈の経穴になります。ただし10例中8例は同じ経穴(ツボ)ですが残りの2例は異同があります。
次いで胆経脈が8例、督脈が6例なので、ここまではだいたい『明堂』と同じですね。あとは、三焦経脈が5例、小腸経脈が3例なので少し違ってきます。ともあれ大まかな傾向はよく似ています。
膀胱経脈ライン上にある「眩」(めまい)の治療穴
■緑線は「気の流れ(流注)」。青の囲み線は『明堂』『甲乙経』共通の「めまいの治療穴」。オレンジの囲み線は『甲乙経』独自の「めまいの治療穴」。黄の囲み線の晴明穴は『明堂』では小腸経の所属ですが、現在の教科書では膀胱経の所属。
目眩(めまい)なので頭部・頚部にあるツボが多いと思いきや4穴だけです(承光、絡却【絡郄】、玉枕、天柱)。あとは、背部に2穴(風門、肝兪)。意外に多いのが足のツボ4穴(承筋、飛陽【飛揚】、崑崙、京骨)です。
当HP内の頭痛の鍼灸治療でも触れていますが、目眩(めまい)もカラダの状態が「上実下虚」であるケースが多いことを考えれば、上半身の頭部・頚部・背部のツボだけでなく足のツボも合わせて治療するのが大切であることは当然だと言えます。
「上実下虚」は正確には「下虚上実」と言うべきです。「下虚」(下半身の虚弱・冷えなど)があるから「上実」(頭・首・肩の筋肉のカチカチなど)になってしまう、と考えます。理想の状態は、虚でも実でもなく「平」の状態です。治療のイメージとしても虚や実の状態から「平」に近づけることを心がけます。
胆経脈ライン上にある「眩」(めまい)の治療穴
■緑線は「気の流れ(流注)」。青の囲み線は『明堂』『甲乙経』共通の「めまいの治療穴」。オレンジの囲み線は『甲乙経』独自の「めまいの治療穴」。絲竹空穴は『明堂』では胆経の所属ですが、現在の教科書では三焦経の所属。
胆経脈ライン上にある「眩」(めまい)の治療穴については、頭部のツボ(絲竹空、頷厭、本神、脳空、風池)が多いのが特徴です(7例中5例)。残りの2例は足先のツボ(臨泣、侠谿【侠溪・俠谿】)になります。膀胱経脈の治療穴の選び方と同じような傾向だと思います。
督脈ライン上にある「眩」(めまい)の治療穴
■緑線は「気の流れ(流注)」。青の囲み線は顖會穴を除いて『明堂』『甲乙経』共通の「めまいの治療穴」。顖會穴は『明堂』独自の「めまいの治療穴」。
督脈ライン上にある「眩」(めまい)の治療穴については、頭部のツボ(風府、脳戸、後頂、前頂、顖會、上星、神庭)のみになります。顖會穴については『明堂』に「眩」(めまい)に効果的であるという記述があり、『甲乙経』には記述がありません。
まとめ
以上、鍼灸医学の古典に書かれている目眩(めまい)の治療穴を調べると、患部である頭のツボ以外にも足先のツボも使っていることがわかりました。結果的には、当HP内の腰痛症の鍼灸治療でも書いた内容に似たものになりました。腰痛も患部である腰部ばかりではなく下半身のツボもかなり使っています。めまいの治療も同様に患部である頭のツボだけでなく足のツボも使います。
他にも鍼灸医学の原典『霊枢』を見ると五邪篇に「肩背頚項痛.時眩.」、五亂篇に「厥逆頭重眩仆」、衞氣篇に「頭痛眩仆」などの言葉があります。首・肩背のコリや頭重・頭痛と「眩(めまい)」が関連づけて書かれています。「眩仆」の「仆」の意味は、“たおれる”の意味になります。「眩仆」は、眩(めまい)がひどくてたおれる、という意味になります。
実際に、めまいと一緒に首痛・肩こり・背中痛・頭重・頭痛・耳鳴りなどの症状を併発してしまっている患者さんは少なからずいらっしゃいます。逆に言えば、首・肩背のコリや頭重・頭痛を改善させることができれば、「眩(めまい)」を予防したり、軽減させることができる、ということです。
鍼灸医学古典の知恵は、目眩(めまい)を改善するためのセルフケアを実践しようとする時にも使えます。もし足先を触ってみて足の冷えがあれば、前述したように「下虚上実」の状態の可能性があります。
長い目で見ると、足の冷えの改善はめまいの改善にもつながります。頑固な冷えがある場合は、漢方薬を活用するのもよいかもしれません。もちろん鍼灸治療も選択肢の一つにして頂ければ幸いです。
参考文献
・『黄帝内経明堂』(北里研究所東洋医学総合研究所医史学研究部 発行)
・『黄帝鍼灸甲乙経(新校本)』 中国医薬科技出版社/黄龍祥〈校注〉
・『張氏類経・張氏類経図翼』(東豐書店 印行)
・『経絡経穴概論』(医道の日本社)
・『素問・霊枢』日本経絡学会
頚性めまいの灸治療の一症例
首のトラブルからくる目眩(めまい)を「頚性めまい」といいます。首(頚椎)やそのまわりの筋肉のトラブルが原因で発症すると考えられています。
頚性めまいは、めまいの鍼灸治療の中でも最も治療効果が期待できるケースになります。
めまい治療で2年間ドクターショッピングした60代男性(以下“Bさん”と表記)
Bさんの治療のきっかけは、ずっと治療している患者さんからの紹介でした。Bさんは2年間ドクターショッピングして何人もの医師からめまいの診断を受けたものの有効な治療を受けられずに苦しんでいました。
そして日常生活にも支障がでていました。例えば、めまい症状がいつ出るかわからないので怖くて車の運転もできませんでした。自宅でテレビを見ている時もテレビ酔いしてしまい困っている、ということでした。
昔からそうなのですが「鍼灸って痛く(熱く)ないの?」「漢方って怪しくない!?」などの声をよく聞きます。
今回のBさんも東洋医学(鍼灸・漢方など)には懐疑的だったようで、ずっと治療している患者さんが友人であるBさんに鍼灸治療を強く勧めてくれていたようですが、懐疑派だったBさんはなかなか鍼灸治療をはじめられずにいました。
それでも2年間ドクターショッピングしていっこうに治まらないので仕方なく鍼灸治療でも試してみようかと思い始めたものの、やはり「鍼灸って痛く(熱く)ないの?」ということで、ずっと治療している患者さんの治療を見学してから判断することになりました。見学している姿も乗り気ではないように感じたのですが、後日「試しに治療を受けてみたい」という連絡がありました。そして納得した上でいよいよ治療スタートしました。
お灸だけで治療
いよいよ治療スタートしたのですが、Bさんの要望でお灸だけの治療になりました。鍼灸治療では「針がメインで灸が脇役」というイメージが強いような気もしますが、患者さんの中には「針を刺されるのは怖いからお灸だけで治療したい」という要望もあるのです。
Bさんもお灸だけでの治療を希望していたのでそのようになりました。実際にお灸治療をしてみたところ、温かくて気持ちいいと絶賛していただき、治療直後もポカポカして体が軽いことを実感。そのまま治療も続けていくことになりました。
2回目の治療の時点で「何だか調子が良いし、めまいも軽くなった気がする」と言っていたら3回目の治療の時には「めまいが消えたので久しぶりに車を運転したけど問題なかった」と喜んでいました。他にも「テレビ酔い(映像酔い)していたのも全然起きなくなった」とも。
治療治療のポイント
実際に治療してみて気になった点(ツボ)はいくつかありましたが、特に気になったのはやはり首まわりの筋肉の過緊張とツボ押しした時の痛みでした。
具体的なツボの名前(経穴名)で言うと「天柱」「風池」の二つのツボです。
コリにも左右差があり、コリ自体もかなり頑固そうな感じだったのでお灸だけで緩むか心配でした。
実際にお灸してみるとかなり緩んでくれたので患者さんも治療してる私の方もビックリしました。実際に治療してわかったのは、Bさんは非常にお灸が効きやすい体質である、ということです。そういうことは、実際に治療してみないとわからないものです。
Bさんの体質はお灸治療との相性が良すぎて非常に順調にいったケースになります。治療開始から6か月以上経った現在でも、めまい症状は治まったまま再発せずにいますが、他にも40年来の足の冷えも改善して、基礎体温も35℃台だったのが36℃台前半になったと言って喜んでいるので血流もかなり改善したのだと思います。
治療している私の方も驚くほど劇的に効いてしまった特殊な一例になります。鍼灸治療にしても漢方治療にしても相性が良いケースでは劇的に効果が出ることもあるということをお伝えしたかったので紹介してみました。参考にしていただければ幸いです。